目次
高度経済成長期のアニメ
アニメについては別の記事で少し書いた。ここではその続きを書いていきたい。
モラトリアム
経済学用語で負債の返済に関する『猶予期間』を表すのがモラトリアムだ。転じて,青年心理学で若者が社会に出るのを待ってもらう,大人になりたくないといった心理を指す状態に使われた。1990年代までのバブル期の日本の若者の心理を表した文化的背景もあっただろう。モラトリアムを実にうまく表現した漫画家が高橋留美子である。代表作のひとつ『うる星やつら』は近年,アニメでリメイクされた。宇宙人のラムと,高校生の諸星あたるを中心として毎回繰り広げられるドタバタ劇。高橋留美子自身も述べ,作中のキャラクターの一人『しのぶ』も述べているように,ずっと変わらない世界への憧れが込められた作品であるといえる。高橋には『らんま1/2』など,モラトリアム性が強い作品が多い。
バブル期の若者の姿
ところが『めぞん一刻』は高橋に珍しいシリアスな作品である。時代背景はまさにバブル期の日本。浪人生から大学,フリーター,保育士に就職という道筋を,10年ほどかけて成長していく若者,五代裕作が主人公である。彼が男性として成長するモチベーションは,若くして未亡人となったアパート一刻館の管理人,音無響子さんへの恋慕に尽きる。最終的には結ばれるのだが,最初はギャグ漫画の雰囲気が,だんだんシリアスになっていく。そして,モラトリアムは五代の就職によって終わる。めぞん一刻の終わりとともに,日本はバブルが弾け,デフレ時代に突入したように思う。
宮崎アニメについて
宮崎アニメの夜明け
日本人のアニメ監督の天才といえば,宮崎駿であろう。現在でも活躍中で,創作意欲の衰えはみられない。彼がおそらく初めて自分が好きなように作ったテレビシリーズのアニメは,1978年にNHKで放映された『未来少年コナン』であろう。この物語の原作は『残された人々』という小説で,内容は核戦争後に生き残った人類がテーマであり,暗い話である。コナンが生きる世界も核戦争後なのだが,そこでは少女ラナとの出会いがあり,旧世界の野望をもつ悪役との闘いを経て,希望に燃えたラストを迎える。当時は東西冷戦が世界を覆い,核戦争がいつ起こるか危ぶまれていた時代だった。今はどうだろう?強国主義がはびこり,経済的格差は拡大し,各国は右翼が力を持ち始めている。世界的な見通しは不透明で希望がもちにくい世相だ。ひどいインフレでもある。
アニメによる癒し
ともあれ,『未来少年コナン』であるが,宮崎氏の美少女の好みがはっきりわかる作品である。『天空の城ラピュタ』のシータと同じく,強い少年が美しい少女を守るというモチーフである。多くの男性諸君が憧れる物語である。現実には美少女を守れるほど少年は強くなれず,これからどうなるんだろうという世の中だ。正義が勝つどころか,声が大きい人間が選挙で勝ってしまうような世相である。金持ちもビットコインで自分たちが金持ちになることに必死である。こんな世の中でこそ,アニメで純粋な世界を体験したいものだ。アニメの良さは,現実のうんざりした世界から離れてほっとできることだ。
心の解放
現実逃避万歳
ところで,宮崎アニメと言えば『飛翔感』である。『風の谷のナウシカ』や『魔女の宅急便』では,いずれも見ていて自分が空を飛んでいるかのような爽快感を味わうことができる。これだけでもこの作品は見る価値があるといえる。スリルとかではなく,現実世界の停滞とか,納得のいかなさをも離れて,高い空でしばし開放感を味わわせてくれる。アニメがもつ力を改めて感じさせてくれる。アニメが現実逃避という批判もあるが,アニメで現実から離れられなければ,救いがないではないか。逃避しなければならない現実こそ問題なのだ。
子ども心への回帰
『となりのトトロ』は子どもの世界を描いた作品である。『崖の上のポニョ』もそれを継承している。宮崎は子どもがみて楽しめる作品を作りたかったそうだが,トトロは「アニミズム」という現象を表現している。小さな子どもは,無生物にも命があるように感じるという。それがアニミズムであり,神がかりのシャーマンを信じる傾向なども,アニミズムから派生しているという。こうした,不思議な現象を信じる心というのは,現実で悪戦苦闘していると忘れてしまう。私たちは現実で「忙しく」生活していると,本当の心を無くす。「忙」という字が,心を亡くすと書くではないか。子どもの心に戻れる作品もまた,癒しをもたらす。
これからの日本のアニメ
現代のアニメ
最近の日本のアニメ監督は新海誠が代表者であるといっていいだろう。私が彼の作品に注目したのは『秒速5センチメートル』であった。主人公は,最終的に全く幸せにはならない。問題も解決しない。すれ違いのまま人間関係は終わる。だが,この消化不全感が現代にとても合っていると思う。その後の『君の名は』,『天気の子』,『すずめの戸締り』の3作はメガヒットを飛ばした。その反面で,メッセージ性が強くなり,響くものが少なくなったというのが個人的感想である。もちろんこの意見は偏っていると思うし,私がそう感じるだけだ。
最後に
私は日本のアニメには人々の心を癒す強い力があると思っている。クオリティーの高さもそうだが,その内容において,繊細な心理描写が多用される。私たちが置かれている現代の生活の中で,それをアニメの作品として表現してくれる。それは時代が変わると異なっていくだろうが,確かにその時代はそうだったという思いを,映像で残してくれるのだ。個人的には,『詩季織々』という新海監督が所属する製作会社が中国人スタッフによって製作したアニメ映画が気に入っている。ほとんど注目されることがなかったが,日中の国同士はいろいろとあるが,アニメという媒体では,何ら違いがないのだ。現実世界を離れて,ほっとできるのがアニメの良さなのだ。
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