「小人閑居して不善をなす」中国の言葉ですね。つまらない人ほど暇な時間ができると悪いことをするようになるという意味です。悪いことはあまりしなくても,暇な時間を持て余す人は結構いるんじゃないでしょうか。暇な時間というのは,自由に使える時間のはずです。でも,仕事で忙しい平日は渇望していても,実際に休日になると呆然としてしまう。そんなところではないですか。その理由は,結局,平日の仕事のやりとりに依存しているからです。人間は他者からの反応によって自分の価値を確認します。平日にそれがあればあるほど,休日に反応がないことで空虚感がふくらんでいくのです。
「大学」の礼記
上で引用した言葉は,「大学」という書物の礼記に載っています。「大学」では,君子はひとりでも行いに気をつけると書かれています。君子というのは儒教思想の言葉で説明がなかなか難しい概念です。一応ざっくり,偉い人ぐらいにしておきます。偉い人はひとりでも行いに気をつけるというのは,ちょっと自意識過剰な感じもします。しかし,紀元前の中国では,自意識過剰も偉い人の条件だったのかもしれません。
自意識過剰
今だったら,ひとりでも行いに気をつける人はたくさんいるように思います。しかしそれだと,「大学」で言っている偉い人はみんながそうなってしまいます。たぶんこれは,誰もみていなくても,立派な言動をするという意味ではないでしょうか。人が見てないからいいやというのは,みんな思うことですからね。しかし,これは,今のSNS時代に真っ向から反対するような価値観ですね。SNSは人が見てくれてナンボですし。
暇は疲労のサイン
暇というのは,することがないということです。よって,することがある状態,つまり予定がないということですよね。すでにリア充の発想に負けています。一人でいる時点で負けです。そりゃ嫌な感じになるでしょ。しかし,ひとりで暇というのは,寝てればいいんです。だいたいこういうときは寝れないような心理状態ですね。たぶん休めてないんじゃないですか。心理的には疲れているサインかもしれません。寝て起きて,やっぱり暇で嫌だと思うか実験してみたらいいと思います。なお,普段からこんな風に神経を疲れさせていることもお忘れなく。
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