魅力的な謀略が得意な人々

毛利元就

歴史上の人物で,謀略に長けた人は結構いる。その中でも,まずは毛利元就である。図書館で借りた「毛利元就: 知略の大鷲(著者)浜野卓也」は良かった。元就が吉田郡山城の小さな領主の子として生まれ,母親に早く死に別れ,近親との跡目争いを経て,当主に収まる。その後は,大勢力であった西方の大内氏と友好関係を築きつつ,尼子氏と対峙する。尼子氏は中興の祖である経久が老齢に差し掛かり,衰えを見せていた。元就は謀略も用いるが,非常に慎重な戦略を用いる人物として描かれている。決して,謀略で裏切りを繰り返して相手を騙すことで領土を広げたようには描かれていない。やむを得ず,城攻めや戦の駆け引きの中で謀略を用いるという描かれ方である。毛利家は後に中国地方に君臨する大勢力となるが,家臣達は譜代の者が多く,元就が本当に残酷な人物であれば家臣達の裏切りに苦しんだと思われるが,そうした史実は皆無に等しいようだ。吉川家,小早川家に次男と三男を跡継ぎとし,事実上の支配につなげたり,打つ手は非常に堅実である。ただ,長男の隆元が早逝したことは誤算だったようだ。また,大内家の陶晴賢との厳島の決戦では,多勢に無勢とまではいわないが,水軍を活用して,かなりの少ない兵力で勝利を収めている。この本は,元就の人間としての葛藤と,慎重に一族の将来の発展につなげていった人物像が描かれており,リアリティに富んでいると思った。

宮島

ジョゼフ・フーシェ

次は,フランス革命期の政治家であったジョゼフ・フーシェを挙げたい。岩波文庫(赤)のジョゼフ・フーシェ:ある政治的人間の肖像は,私が珍しくどっぷりはまった岩波本であった。だいたい岩波本の多くは読もうとしても一部だけだったり,難しくて読むのを止めてしまうことが多いのだが,この本は違った。まず,フーシェという人物描写は非常に痩せていて顔色も悪く,非常に謀略家らしい外見として描かれている。彼は,フランス革命前は教会の僧侶教師としてひっそりと暮らし,革命後は一転して教会破壊者かつ急進的共産主義者に転じる。リヨンでは革命の遂行者を演じるため,大量の革命精神に反する人間を殺害する。時の権力者ロベスピエールとの暗闘を経て,ナポレオンが王政復古を宣言した後は,警務大臣に就任する。彼は職務上の権限によってあらゆる情報網を駆使して,影の権力者となる。ナポレオンもその影の権力には手が出せなかった。本書で個人的に非常に興味深かったのは,フーシェの妻は,彼が若い頃に身を立てるため資産家の娘であった理由から結婚した女性で,いわば政略結婚だったのだが,容姿はあまり恵まれていなかった。しかし,フーシェは生涯愛妻家であり,子煩悩な父親として家族を大切にしたということだ。フーシェはナポレオンの没落にともなって,冷酷に彼を見放すが,年老いた彼もまた,地方の町で孤独に老いて死ぬのだ。フーシェという人物の生涯をみると,決して表舞台に立たず,その時々の権力者にすり寄って,情報収集にもとづく影の権力を握ることに至上の喜びを感じていたということがわかる。政治的信念というものは全くないので,人から信頼されることもなく,晩年は孤独な日々を送る。しかし,フーシェは影の権力者となっていたそれぞれの時期には,彼なりに独特の快感に近いような喜びを堪能していたのではなかろうか。家族孝行な彼の別の面は,フーシェが人に対して残酷というよりも,表立って何ら名誉を得ることにこだわりはないこと,生き残ることのみに執着した結果,「サン=クルーの風見」という渾名をつけられたのだと思う。

凱旋門

謀略家の悲哀

謀略家に私が魅力を感じるのは,彼らの人間臭さが伝わってくるからだ。謀略は人を騙すことであり,孫子に言う「兵は詭道なり」と通じる。しかし謀略を用いることは,人の信頼を失うことであり,その点,元就はいざというときしか謀略を用いなかった。そして,周囲はその状況なら仕方がないという納得感があったからこそ,多くの譜代の家臣が裏切ることなく,元就にしたがっていった。今回は触れなかったが,戦国大名の宇喜多直家も相当の謀略家であり,残酷な行いがいくつも見えるが,彼の息子は凡庸な人物であり,最後は関ケ原で負け,島流しになって宇喜多家も絶える。同様に松永久秀などは,信長という権力者に反抗するため,最後は名器の茶釜とともに自分の城を爆破して生涯を終える。謀略家に似た呼称に,軍略家があるがその代表格は,山本勘助であろう。身ひとつで武田信玄に仕官し,軍師として助言する役割を担った男だ。彼は川中島の合戦で,最後は自らの作戦の失敗を認め,敵軍に斬りこんで生涯を終えている。秀吉の2人の軍師である竹中半兵衛,黒田官兵衛も有名であるが,半兵衛はおそらく結核により早逝し,官兵衛は長命であったが,その明晰な頭脳をかえって秀吉や家康に恐れられて,息子に跡目を譲って表舞台には立たない生涯を送った。謀略や軍略は頭脳の切れ味を武器に生きることだといえるが,時の権力者や,多くの人の評判は悪くなりやすく,警戒もされやすいということが興味深い。それでも,人の裏をかくことに魅力を感じるのは,私自身の屈折した性格の所以かもしれないが。人間関係についていろいろ考えるのは好きな方はこちらの記事もどうぞ。

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